北原さんの工房を見学してきました。

お邪魔した場所:北原工房

お邪魔した日:2015年11月9日

お邪魔した人:飯島正章、狐崎ゆうこ







北原さんの工房     狐崎ゆうこ


飯島さんと北原さんは15年来の知り合いだ。すぐに話が弾みだす。今製作中の箱、次回の作品の予定、先日の二人展に話は移り、友人の個展、展示会の苦労。会話の息が合っている。
 二人は上松技専の講師仲間だったそうだ。知り合って間もなく「いきなりうちに訪ねてきて変なおじさんだと思った。」と飯島さん。
 

話は再び作品へ。材料、加工、そして道具。抽斗から出てきたのはものすごく小さなのこぎり。長さ100mm、刃の部分が10mmくらいか。古い胴付のこの刃で作ったもの。薄いので直角にしならせて切ることができる。
「この箱のここを切るのに使う。」と作品を手に解説。
とても小さいノミもある。鍬のような形、先がS字状に曲がったもの。みな作品を加工するために工夫して作ったものだ。工房には鍛冶場がある。ここでオリジナルの工具や丁番を作っている。
 
 

 

話は続くが、ここでちょっと工房の様子を眺めよう。
 
 

広さは3×2.5間(たぶん裏に鍛冶場)。京都で美術の勉強をし黒田辰秋のもとで手伝い(「弟子なんて言ったら怒られる」)をした後、木曽でろくろに励みつつ建てたものだ。当時30代。
入口の横にボール盤、奥にろくろ。作業台が大小2つ。丸のこやルーターなど電動工具少々。壁に古い大鋸とかんなの数々。すっきりしている。
 
 

 

さて会話に戻ります。
 
 

作品は刳り物で作る。指物のように組むことは考えない。その方が木目がきれいに見える。図面は描かない。個々の木目に合わせて稜線を彫る。
「自分のはやりすぎだと言われることもある。いろいろ言われても自分の作りたいものを作ればいいんだよ。」
 

 

かつては抽象作品を作っていた。工房にはプラスチックを溶かした時の跡が残っている。木塀の扉にはリアルすぎる真鍮製の手が。
初めての厨子は松の大木をくりぬいて作った。今は丁番も黒柿で制作しており、扉を外して見せてくれた。象嵌の話でも銀線と作品を手に説明してくれる。
至れり尽くせりだ。迫力がありすぎてなんだか少々気圧される。
 

現在69歳。「もう年だから…」「体力がない」と繰り返す北原さんだが、次回作の材は1200×400×150mmくらいのケヤキ。
「長さ600の深い箱にするか、1200の細長いのにするか。大きい箱は中をチェンソーで刻んでから彫っていく。大変なんだよ。」


気づけば3時間。一度弾みがついたらなかなか止まれないものなのだ。

・こだわりの道具は何ですか?
  

「作品の形状によって加工しやすいように自分で工夫して作る刃物に興味があります。」

 

・「木の匠」の中で気になる人、気に入ったものはありますか?どんなところが気に入りましたか?
  

「理詰めの大竹さん、繊細な土岐さん、遊び心の槙野さん。それぞれの仕事ぶりに感心しています。」

 
 
 


北原さんの工房 飯島正章


正方形の箱の、身と蓋の4面をどの位置でもピタッと収まるように作るのは難しい。
それが6面の箱ならさらに難しく8面の箱なら難易度は飛躍的にあがる。
それを北原さんは11面の箱で作っている。
しかも指し物ではなく刳りものである。
なぜ11面なのかはわからないが、とにかくどの位置でもピタッとふたが閉まらないと気がすまないとのこと。
作品を実際に見ながらこの話を聞いた時、この人尋常でないと思った。

10年以上前、とある展示会で一緒になったときのことだった。
 

木曽に山の中に住んでる僕も、さらに山奥だなと感じるところに北原さんの工房はある。住いとは別棟になっていて広さは8坪ほど。
自分で建てたということだが、手作り感はなくてとてもしっかりした建物だ。


中は轆轤の作業スペース、刳りもの用の作業台のあるスペース、汎用の机のあるスペースとなっている。
大型の木工機械はなく、机の下に丸のこやルーターなどの手持ちの電動工具が置いてある。
壁には鉋や大鋸などが掛けてあるが、その他の道具類は引き出しなどにしまってあるようで全体的にものがあまりないように見える。
また家具の工房によくある山のような材料の在庫はなく、壁に立てかけてある程度で厚めの板材やブロック状のものが多い。
必要な物だけ材料屋さんで購入する。
そして、天井は高く室内は少し暗い。制作に没頭できそうな雰囲気だ。
この工房は何度か訪れているが、いつ来てもいい感じで正直うらやましい。

 

北原さんの仕事はおもに刳りものだが、轆轤で挽いたものも少なからずあるし螺鈿や象嵌の加飾を施したものも多い。
印鑑入れやぐい呑みのような小さい物から箱や酒器、大皿やかなり大きいサイズの厨子まで大きさも種類も様々である。
必要があれば金属加工などもするようで、技術の幅を感じる。

 

作る時は図面やスケッチなど全くせずに、いきなり作り出すそうだ。
感覚で作っていくとのこと。
刳りものは彫った時に現れる稜線が大事だが、木目によって稜線の見え方が変わってくる。
だから初めに図面を引いても意味がないのだそうだ。


北原さんの作品にはいったいどうやって作ったんだろうと言うような、パズル的というかトリッキーといえるようなものがある。
よくこういう事を考えつくものだとその発想に感心してしまう。
当たり前の物には我慢できないようでとにかくひねりがある。
時にやりすぎだと言われるそうだが、なかなかやりすぎることができないぼくはその姿勢を尊敬する。

 

刳りものの人は仕事に合わせて様々な豆ガンナを自分で作るということは知っていた。
北原さんはそれ以外にも使えなくなったヤスリを利用したとても小さなコテノミをいくつも作っていた。
この道具を使うと考えられないようなところの削りが出来てしまう。
また自作の小さい鋸にも驚いた。
折ってしまった胴突き鋸を利用したもので、指で押さえて直角近くしならせて使うことによって普通では切れないようなところが切れる。
また刃を両端に付けることによって押しても引いても切れるようになっている。
すごい工夫だなあと思う。
とにかく普通の物を作りたくない一心で色んな道具を考えつくのだと思う。

 

工房見学をさせていただいた時にしていた仕事は、長方形の箱だった。
比較的シンプルな形の物で、木端の角の面をなだらかなカーブにするか稜線をだすかどっちにするか決めかねているとの事だった。
その場合それこそスケッチをするか、縮小した物を作って様子を見るか、あるいは粘土のようなもので試作すると思う。
ところがなんと両方のタイプをひとつずつ作っていた。
蓋だけでなく身もちゃんとできているし、しかも両方とも中をくりぬいてありすでに箱状になっていた。
実物を作って見比べてどちらがいいか確認するのだろうが、面の形を決めるためにそこまでするものなのだろうか。

 

次の匠たち展には特大の箱と作ると意欲を見せてくれた。
きっと尋常ならざるものを見ることができると思う。